鹿児島地方裁判所 昭和41年(行ウ)4号 判決 1967年11月16日
原告 安田鉄雄こと 郭根植
右訴訟代理人弁護士 沢荘一
右訴訟復代理人弁護士 小堀清直
被告 鹿児島入国管理事務所主任審査官 山根重美
右指定代理人 島村芳見
<ほか四名>
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、原告訴訟代理人は、「被告が昭和四一年六月七日付でなした原告に対する本邦からの退去強制処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。
二、原告訴訟代理人は、請求の原因として、
(一) 原告は日本国に居住する大韓民国国民であるところ、被告は、原告に出入国管理令(以下「管理令」という。)第二四条第四号チに該当する事由があるとして、昭和四一年六月七日付で原告に対し国外退去強制処分(以下「本件処分」という。)をし、その告知は同月一六日原告に到達した。
(二) 本件処分の基礎たる原因事実として、被告は、原告が昭和二〇年九月下旬本邦に不法入国したことを挙げているが原告は昭和二年二月一〇日福岡県嘉穂郡庄内村で出生以来一貫して本邦に在留しているのであって、現在まで一歩も本邦外に出たことはない。そして、「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法」(以下「管理特別法」という。)第六条第五号によれば、麻薬犯罪を原因とし管理令第二四条の規定によってする退去強制は、その者が管理特別法の施行の日である昭和四一年一月一七日以後の行為により、三回以上刑に処せられた場合に限ってすることができるものであるところ、原告は以前麻薬犯罪を犯したことはあるが、右の日以後は全く罪を犯していない。したがって、原告は右法条の適用を受けるのであるから、原告に対して退去強制をすることはできないのである。
(三) よって、本件処分には、被告において適用すべからざる法条を適用した違法があるから、その取消を求める。
と述べ、後記被告の主張に対する答弁として、
「被告主張の(1)の(イ)、(2)の(イ)に記載の各事実は認める。同(2)の(ロ)記載事実のうち、原告が永住許可を受けていない事実は認めるが、その他の事実は否認する。」
と陳述した。
三、被告指定代理人は、請求原因に対する答弁とし
「請求原因(一)記載事実のうち原告が日本国に居住する大韓民国国民であること、および被告が昭和四一年六月七日付で原告に対して本邦よりの退去強制処分をしたことの各事実は認める。なお、本件処分の告知をしたのは同月一四日である。」
と述べ、被告の主張として、
(一) 本件処分は、管理令第二四条第四号ロ、チ、同条第七号に各該当する事由を理由としてなされたものである。すなわち、
(1) 管理令第二四条第四号ロ該当事由
(イ) 原告は、昭和三五年五月七日確定で福岡地方裁判所において窃盗罪により懲役二年六月に処せられて右刑に服役中特別審理官鋤本誠徳から管理令第二四条第四号ロ、リに該当する旨の判定を受け、同日法務大臣に対し管理令第四九条の異議の申出をしたところ、法務大臣は右異議の申出は理由がないと認めたが、昭和三七年一月三一日、管理令第五〇条第一項第三号により原告に対し一八〇日間すなわち同年二月五日から同年八月四日まで在留を特別に許可した。その後原告から在留期間更新の申請がなされたが、法務大臣は同年一〇月二四日更新不許可の処分をした。
(ロ) その結果原告は、在留期間を越えて不法に本邦に在留する者となった。なお、在留特別許可書に記載されている在留期間は、退去強制手続に関する限りは、本人に付与された在留期間にほかならず、管理令第二四条第四号ロにいう「旅券に記載された在留期間」に含まれるものである。
(2) 管理令第二四条第四号チ該当事由
(イ) 原告は昭和三九年七月六日福岡地方裁判所において麻薬取締法違反の罪により懲役二年の判決を受け、右刑は同年一一月一四日確定し、原告は服役した。
(ロ) 原告は管理特別法第六条第五号が原告に適用されるべきであるというが、右の適用を受ける者は、同法第一条の永住許可を受けている者に限定されており、原告は右許可を受けていないのであるから、原告には同法第六条は適用されない。
のみならず、そもそも原告は、「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」(以下単に「協定」という。)第一条1および2の要件をそなえていないから、管理特別法第一条の永住許可を受けるべき適格を欠いている。
すなわち、原告は、昭和二〇年八月二〇日頃、福岡県小倉市浅野海岸から朝鮮へ出国し、同年九月下旬頃再び本邦に入国した。したがって、原告は、協定第一条1(a)の「一九四五年八月一五日以前から申請の時まで引き続き日本国に居住するもの」に該当しない。
(3) 管理令第二四条第七号該当理由
(イ) 原告は平和条約の発効日である昭和二七年四月二八日に日本国籍を離脱したものであるから、管理令第二二条の二第一項および第二項により、右離脱日から六〇日を限り、引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができ、右期間をこえて本邦に在留するのであれば右離脱日から三〇日以内に法務大臣に対して在留資格取得の申請をしなければならなかった。ただ原告の場合は、「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基く外務省関係諸命令の措置に関する法律」(以下単に「ポツダム命令措置法」という。)第二条第一項第三号が適用されるため、在留期間は同法施行の日である昭和二七年四月二八日から六月であり、在留資格取得の申請期間は同日から三月以内であった。
しかるに、原告からは右の在留資格取得の申請はまったくなされておらず、在留期間も経過したので、管理令第二四条第七号に該当する。
(ロ) なお、ポツダム命令措置法第二条第六項によれば、昭和二〇年九月二日以前から同法施行の日まで引き続き本邦に在留する者は、在留資格を有することなく本邦に在留することができることとなっているが、原告は、前述のとおり、昭和二〇年八月二〇日頃本邦を出国し同年九月下旬本邦に入国したものであるから、引き続き本邦に在留した者には該当せず、したがって同項の適用は受けない。
(二) 以上のとおりであるから、本件処分の理由はじゅうぶんそなわっており、何ら違法の点は存しない。
と陳述した。
四、≪証拠関係省略≫
理由
一、原告が日本国に居住する大韓民国国民であること、被告が昭和四一年六月七日付で本件処分をしたこと、の各事実は当事者間に争いがなく、本件処分の通知が遅くとも同月一六日原告に到達したことは原告の自認するところである。
そして、≪証拠省略≫によれば、被告は、原告に管理令第二四条第四号ロ、チ、同条第七号各該当の事由があるとして本件処分をしたことが認められ、右認定を妨げる証拠はない。
二、そこで、本件処分が適法であるかどうかを考察するが、まず、原告において極力抗争している管理令第二四条第四号チ該当事由の存否について判断する。
原告が昭和三九年七月六日福岡地方裁判所において麻薬取締法違反の罪により懲役二年の判決を受け、右刑が同年一一月一四日に確定し原告が服役したことは当事者間に争いがない。右事実は、管理令第二四条第四号チに該当する。
この点に関し、原告は、管理特別法第六条第五号が原告に適用される旨主張するけれども、同法第六条本文によれば、同法第一条の許可を受けている者のみが同法第六条の適用を受けることができるところ、原告が同法第一条の永住の許可を受けていないことは当事者間に争いのないところであるから、原告には同法第六条第五号は適用されないことが明らかである。加えるに、同法第一条の永住の許可を受けられるものは、「一九四五年八月一五日以前から申請の時まで引き続き日本国に居住している者」(協定第一条1(a))等でなければならないのに、≪証拠省略≫によれば、原告は出生以来本邦に居住していたが、昭和二〇年八月二〇日頃、原告の父郭基漢、母金南伊および兄嫁金粉順らとともに、福岡県小倉市(現在は北九州市小倉区)浅野海岸から他の韓国人多数と同船して韓国へ向け出国し、釜山港で父母らと別れたあと同年九月下旬頃再び小倉市に帰って来て本邦に入国した事実が認められる。してみれば、原告には管理特別法第六条第五号の適用を受ける余地もないことに帰する。
ところでこの点に関し、原告は出国の事実がない旨極力抗争するけれども、
(1) ≪証拠省略≫の、原告が昭和二〇年八月一八日頃から同年一〇月上旬まで福岡県嘉穂郡庄内村三菱鱠田六坑の原告の姉郭命植方に寄宿して静養していた旨の記載は、前掲乙号各証にてらしてそのままには受け取れない。
(2) ≪証拠省略≫は原告の家族らが日本国から帰国して本籍地に居住している旨の証明書にすぎず、直ちに前掲出国の事実認定を左右できない。
(3) ≪証拠省略≫は、単に原告の母の供述書であることの公証にすぎず、これもまた前掲各証拠にてらして出国の事実認定を左右することはできない。
(4) 原告本人の供述中には、原告は当時小倉市に居住していた篠崎というタクシー運転手に紹介されて昭和二〇年八月二三日頃ないし末頃から一か月間ばかり福岡県中間市の古野惣太郎方に住み込んで自動車運転手として働いていた旨被告主張の出国の事実に反する部分がある。
しかしながら、≪証拠省略≫によれば、もともとかかる古野惣太郎なる人物も、これに類似する人物もいなかったことが認められる。加えるに、原告は従来入国管理事務所での取調べの際には古野方住込稼働の事実については何ら述べたことがなかったのに、本訴訟においてはじめて突然これを供述したもので、とうてい措信しがたい。
(5) 原告本人の供述中には、また、乙第九号証は、取調べにあたった福岡入国管理事務所入国警備官坂田卓雄が、原告の兄郭錫文の、原告が一時出国したとの虚偽の供述を根拠にして、原告に対して自白を迫ったため、また原告としては兄が坂田に対し何を話したか不明で、ましてや原告が出国したなどと嘘を言ったことは知らないまま、兄から兄の言うとおりにしておけと言われたため、原告が坂田に対し面到くさいから兄の言ったとおりに処理すればよかろうと投げやりに答えた結果作成されたものであるから、同号証には真実は記載されていない旨の供述部分がある。
しかしながら、≪証拠省略≫によれば、原告は一貫して韓国に送還されないよう願っていることが認められ、弁論の全趣旨によると原告は坂田から取調べを受ける際、取調べ事項が退去強制の事由となりうる事項に及んでいることは察知していたことが認められるうえ≪証拠省略≫によれば、坂田は取調べに際し、何回も問答して事実の追及をしているが、原告に自白を強制した事実はなく、原告は結局は任意に出国の事実を述べたものであること、ことに≪証拠省略≫によると出国の事実に関する供述は原告自身でなければわからない具体的内容を含んでいること、の各事実が認められる。したがって、原告本人の前記供述も、にわかに措信しがたく、前記出国の認定を左右するに足る証拠とはなしがたい。
(6) 証人安田和弘(韓国名郭錫文)の証言には、原告の兄である同人が、坂田卓雄から参考人として取調べを受けた際坂田から「昭和二〇年八月一六日から同年九月四日までの原告の消息がわからないが、韓国に一ぺん帰ったのではないか。協力してもらいたい。」と言われ、兄自身もたび重なる原告の犯罪に迷惑して原告を強制送還させようとの考えから、「私もそう思います。」と答えたと述べている部分がある。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、原告の兄錫文は、坂田の質問に対し「私もそう思います。」という程度の応答ぶりではなく、積極的に原告の出国の事実を述べていることが、また≪証拠省略≫によれば、当局に対し、原告が日本で生育し生活していることを挙げて寛大な措置を願っていること、したがって原告の一時出国の事実は述べながら原告が強制送還されることは望んでいないことが、それぞれ認められるから、証人安田の右証言は、とうていそのままには受け取れない。また、郭錫文は教養があり、在日本大韓民国居留民団福岡県本部副部長兼社会部長など指導的役割を果して来た人物であるから、いかに弟が犯罪を繰り返えし自分に迷惑をかけているからといって、犯罪をも構成しかねない虚偽の事実を係官に肯定して答えるが如き無責任な行為をしたというのは、まことに不自然である。
さらに証人安田和弘の証言中には、兄錫文が原告に対し、「当局のいうことをきいて、韓国へ行って来たと供述せよ。」と指示した旨の供述部分があるが、この点に関する原告本人の供述は、原告は兄が係官に出国の事実を述べたことは知らず、ただ内容は不明であるが兄のいうとおりに従ったがよいと兄から電話で言われたというのみであって、前記のような自白の指示など受けなかったというのであるから、両者の供述に大きなくい違いがあって、右証言部分はそのままには受け取れない。
したがって、証人安田和弘の以上の証言部分も、原告が出国したとの前記認定を左右するに足る証拠とはなりえず、≪証拠省略≫の出国したことがない旨の記載部分も≪証拠省略≫と比照して措信しがたい。
ほかに前段認定をくつがえし、原告に管理特別法第一条の永住の許可を受けるべき適格を肯認すべき証拠はない。
三、右のとおりすでに管理令第二四条第四号チ該当の事由が存する以上、被告主張のその余の処分事由について判断するまでもなく本件処分は適法であって、取り消されるべき違法の点は存しないから、その取消を求める本訴請求は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松本敏男 裁判官 藤田耕三 久保園忍)